賃金・手当ての支払い不足(Wage Theft)について
雇用主がアワードなどで規定された賃金や手当を下回る支払いを行っている状態をWage Theftと呼びます。具体的には、最低賃金を守らない、カジュアルの上乗せ賃金を払わない、週末や祭日のペナルティレートを払わない、有給やスーパーを規定通りに払わないなどが挙げられます。
有名レストランのRockpool、スーパーのColesやWoolworth、 リテールチェーンのTargetなどの違反がメディアで取り上げられ、またMaster Chefの審査委員でもあったGeorge Calombaris氏のレストラングループが780万ドルもの巨額の未払い賃金・手当があるとして大きく報道されました。Fair Workによると、カフェやレストラン、ファーストフードチェーンなどが違反の常連セクターとなっており、2018-2019年には違反企業に対し、1万8千人分の未払い賃金・手当に相当する4千億ドルを超える支払い請求を行ったと発表しています。
雇用に関しては連邦法の管轄であり(Fair Work Act 2009)、雇用主は法律で従業員の雇用記録、支払った給与や手当についての記録を保管する義務を負います。もし監査により未払い賃金や不足分が発覚した場合、14日以内に支払いを行い、その記録も残しておかなくてはなりません。
現行の法律では、違反した企業や取締役などの個人に罰金が科せられるものの、Fair Workは従業員への未払い賃金の支払いを優先する方針を取っており、自主的に違反を報告したり捜査に協力的な雇用主に対しては罰金を減らす対応をとっています。
悪質な未払いケースが後を絶たないため、連邦政府が刑事罰の導入を検討し始めている中、6月17日にはビクトリア州でWage Theft Billが議会で可決されました。同法はオーストラリアで初めて刑事罰を導入、賃金やスーパーについて“不正“に規定を下回る支払いを行った雇用主は最大で$991,320、個人には$198,264の罰金に加え、最大10年の懲役刑の対象にもなります。また、故意に不適切な会計処理を行い違反を隠匿した場合も同様の罰則の対象となります。こうした違法行為はCrimes Act 1958(VIC)に追加される予定となっています。この法律でWage Inspectorate Victoriaという組織が設立され、Wage Theftの捜査と訴追を行うことになります。
上述の通り、連邦政府でもFair Work Actの改正を進めており、ビクトリア州の試みは労働組合や未払い賃金の対象となりやすい移民支援グループなどからは評価されているものの、企業にとっては混乱を招くとして批判があることも事実です。連邦法管轄であるにも関わらず、州毎に異なるルールがあると、違反した雇用主は二重に訴追される可能性もあるからです。ビクトリア州の新法は来年に発効することになっていますが、連邦法との重複かつ罰則の不一致が憲法違反にあたるのではないか、また連邦法が同様に刑事罰を導入することになれば、州法は無効になる可能性が高いとの懸念が残っています。今後の連邦法の改正に注目が集まっています。
なお、本記事は法律情報の提供を目的として作成されており、法律アドバイスとして利用されるためのものではありません。