ワーキングホリデービザのキャンセル案件の緊急解説と注意喚起
2024年8月に入ってから、「日本に一時帰国中にワーキングホリデービザが突然キャンセルされた」や「ビザ取得後、出発直前にワーキングホリデービザがキャンセルされた」といった事案が発生しており、SNSを発端にその話が広まり、当事者からの報告や相談が急増しています。この事態により、豪州国内外の日本人関係者の間で大きな混乱と不安が広がっています。
そこで、現時点で当所が確認した情報を以下にまとめます。
共通点
1.日本の某留学エージェントのワーキングホリデービザ申請代行サービスを利用(OMARA-Office of Migration Agents Registration Authority移民申請代理人登録無し)。
2.追加料金を払い、残高証明書の“作成”サービスも依頼。
このエージェントでは、ビザ申請代行料金に追加約二千円で残高証明書を“作成”できると案内していました。
3.ビザ保有者が豪州国外にいるタイミングでのビザキャンセル。
ワーキングホリデー生活を送っていた人が一時帰国したタイミングや、これから出発するタイミングで、ビザがキャンセルされていることをエージェントから告げられた。ビザ保有者本人はキャンセル予告レターもキャンセル決定レターも一切受け取っていない。
4.状況把握のため移民省のVEVO(ビザ状況照会サービス)で確認したところ、ビザキャンセルの事実が判明。
個々のケースにより若干の違いはありますが、以上が大まかな共通点です。
発覚の経緯
この問題は、本年8月上旬に初めて発覚しました。エージェントによると、同社のクライアント約50人のビザがキャンセルされたとのことです。当初、エージェントは曖昧な説明をしていましたが、クライアントの追及により、偽造書類(日本の銀行を装った英文残高証明書)を作成・提出していたことが明らかになりました。これにより、キャンセルが行われたことをエージェント側も認めました。
一部のクライアントにはキャンセルレターが提示され、その記録を当所が入手しました。キャンセルの理由としては、偽造書類(Bogus document)の提出が挙げられています。残高証明書が偽造されていたことが移民省の整合性検証(Integrity check)により発覚し、その深刻さからMigration Act 1958の第128条に基づき、キャンセル予告なしに即時キャンセルが行われました。
クライアントの状況
当所の調査の結果、同社のクライアントには2つの異なるケースが存在していることが判明しました。
1.正当な残高証明書を提出していたケース
クライアントが正当な額の残高証明書(日本語)を取得し、エージェントに転送。英文翻訳を依頼したつもりが、エージェントが勝手に偽造された英文証明書を提出していたケース。
2.不足額や時間的な問題で提示されるがままに作成を依頼したケース
残高額が不足している不安を抱えていた、または証明書を取得する時間がなかったため、エージェントに“作成代行”を依頼したケース。
明らかに、2のケースではクライアントも不利な状況にあり、キャンセルは当然の結果と言えます。しかし、1のケースでも、クライアントが全くの被害者であるかどうかは(移民省の見解上では)議論の余地があり、移民省にキャンセルの取り消しを求める際、強く主張できるとは限りません。その理由については、次の章で解説します。
エージェントが勝手にやったと言う主張は通用するのか?
では、前述の1のケースに該当するクライアントが「自分は一切不正には関わっておらず、エージェントが勝手にやったこと。正当な書類を用意していたし、その証明もできる」と主張した場合、キャンセルを取り消すことができるでしょうか。
その答えは非常に微妙です。ワーキングホリデービザに限らず、ビザ申請時には、申請者本人が申請内容や添付書類に嘘偽りがないことを宣誓する箇所にチェックを入れてから提出を完了するためです。したがって、自分の申請内容や提出書類を精査することなく申請を完了した場合、エージェント任せにしていたからといって責任を逃れることは難しいでしょう。ただ、かなり強い証拠を以てキャンセルを覆すだけの主張が出来る場合は、国外にいる間のキャンセルには再審請求権(Review Rights)は付かないものの、キャンセルを撤回(Revoke)してもらうことが出来る特例があります。Revocationを要求したい場合は、キャンセルレター発行日から28日以内のアクションが必要です。
無登録エージェントを利用する注意点とリスク
前章の冒頭にもありましたが、当該エージェントは、いわゆる“留学エージェント”として活動しながら、関連のサービスとしてビザ申請代行を提供していました。読者の中には、ビザエージェント(移民法エージェント、移民法コンサルタント、移民法申請代理人、移民法専門書士等々、日本語訳にバリエーションあり)と留学エージェントを混同している方も少なくありません。
まず、前者は2種類に分かれます。
1.豪州国外から代行作業を行うエージェント
豪州政府の監督下にあるOffice of Migration Agents Registration Authority (OMARA)への登録が義務付けられていないため、特別なトレーニングを受けていなくても誰でもできます。ただし、専門的な法律や申請プロセスには精通していないため、学生ビザやワーキングホリデービザだけに限定しているケースが多いです。
2.豪州国内を本拠地とする移民法エージェント
クライアントは豪州国内外に存在し、OMARAの厳しい管理下で登録(Migration Agents Registration)されています。この登録は毎年厳しい審査のもとで更新されます。初期登録のためには、豪州の移民法Migration Law/国籍法Citizenship Lawに関する準大学院コース(Graduate Diploma)の修了、英語力審査、知識テストや人物適格要件チェックなどが必要です。さらに、毎年の更新時にはCPD(プロフェッショナルデベロップメント)セミナーの受講、自賠責保険加入、移民法や国籍法に関する専門ライブラリーの整備、クライアント信託口座の監査なども求められます。
これらの厳しい規定をクリアしているため、移民法に関しては、法廷案件を除き、不服申し立て調停に至るまで、弁護士と同様の職務を遂行することが許可されています。しかし、全ての有資格エージェントがトラブルを起こさないわけではないという残念な現実や過去の事例もあります。
このように、豪州国外での無登録ビザ代行サービスと、国内の有資格移民法エージェントとの間には知識や倫理観に大きな差があることが理解頂けるでしょう。
そこで、次項では無登録エージェント利用時のリスクについて解説します。
無登録エージェント利用時のリスク
まず、豪州国内でのコンサルティングですが、無登録のエージェントは移民法に関するいかなるアドバイスやサポートもしてはなりません。これには学校紹介エージェントも該当します。学校紹介エージェントが無料アドバイスやビザ申請サポートを提供する場合、そのエージェントが有資格のエージェントを雇用していたり、有資格エージェントと協業している場合は問題ありません。
ただし、カスタマーサービスの一環として学校選択のカウンセリング中にビザ相談や「ビザ申請用紙の記入を手伝う」ことをしている場合、無資格であれば厳密には違法です。エージェントのOMARA登録状況はこちらで検索できます。https://portal.mara.gov.au/search-the-register-of-migration-agents/
そして、豪州国内外を問わず、無資格エージェントが代行する際の慣行が、トラブル発生時に大きな問題となることがあります。これは今回のワーキングホリデービザキャンセル事件にも関連しています。
無資格エージェントは、申請代理の委任を受けていることを隠し、クライアントの個人ImmiAccountから申請を行うことが常態化しています。有資格エージェントの場合、申請代理委任フォーム(Form 956)を添付し、エージェントが開設したImmiAccountから申請し、すべてのクライアント申請を一括管理します。もちろん、移民省からの連絡先としてもエージェントの詳細を入力します。
一方、無資格エージェントは影武者的な存在で、自らの詳細を一切出さず、クライアントのImmiAccountから申請します。しかし、その際に自分たちのメールアドレスを連絡先として入力することがほとんどです(日本の場合)。このような状況では、移民省からの連絡が申請者本人に届かないことがあります。豪州国内で無資格の学校エージェントが手伝いをしている場合は、豪州国内では自分達のメールアドレスを入れることは憚られるため、申請段階まで手伝った後はクライアントに任せることがほとんどで、連絡先としては申請者本人のメールアドレスを入力します。
今回の件に関する資料を精査した際、当該エージェントは自らのメールアドレスを連絡先に指定していました。おそらく同社のクライアントの申請にはすべて同様の処理を行っていたと考えられます。そのため、そのエージェントのメールアドレスを連絡先として申請していた記録がある申請者のケースが検知され、一斉キャンセルの対象となったのでしょう。
最後に
今回のケースは、氷山の一角であると考えられます。現在は、豪州国外滞在中のビザ保有者を対象にキャンセルされていますが、今後は豪州国内に滞在する人々にも順次対象が広がると予想されます。また、学生ビザ申請時の不正や、セカンドワーキングホリデーの給与証明の不正発行と取得など、他の分野でも移民省の捜査が強化されていると聞いています。該当する可能性がある方、心当たりがある方にとって、この問題は対岸の火事ではないでしょう。
移民法が存在することには、その意義があります。責任ある社会人、そしてグローバル市民として、良識ある行動と判断をしていただきたいと強く願っています。後進の日本人に負の遺産を残さないように、少しでも不審に思うことがあれば拒否する勇気や、諭す勇気を持っていただきたいです。
本件に関しまして、ご相談をお受けしております。守秘義務に関してはご安心ください。また、当所でなくとも構いません。不安を感じる方は、必ず弁護士や有資格の移民法エージェントに一刻も早くご相談されることを強くお勧めいたします。