家族法:財産分割における、別居後に得た遺産の扱いについて
2019年の統計によると、オーストラリアにおける結婚から別居に至る平均期間は8.5年、結婚から離婚までの平均期間が12. 2年です。つまり、法律上では1年間の別居で離婚することが可能であると規定されているものの、実際には別居から離婚するまでに平均4年程度の時間が費やされているということです。一般に財産分割の協議は、別居を開始してから離婚が成立する前に行われることが多くなりますが、感情のコントロールがまだうまくできない時期でもあり、交渉に費やされる期間が長期化することが多々あります。裁判所を介しての財産分割協議になるとその期間がさらに長期化するのは自明の理です。
協議が長期化していく間に、お互いの貯金やスーパーアニュエーションが増加したり、不動産価格の上昇に反してローン額が減少したりと、別居時から財産分割合意までに総資産額が増加することも多々あります。
財産分割とは、婚姻資産となる資産・負債を両当事者が開示し、総資産から負債金額を差し引いた純資産をどのように分配するかを決めることを言います。分割の具体的な方法として、関係が始まる前にお互いが持っていた資産、婚姻中になされたお互いの金銭的・非金銭的(家事・育児など)貢献が基本的な要素であり、簡単に言えば、現存する資産を過去における貢献度に応じて分け合うということになります。これに別離後の状況が各当事者に与える影響(例えば、子供の養育、健康状態、年齢、収入見込みなど)を考慮したうえで、最終的に公正かつ公平な分割率と方法が決定されることになります。
この最終的な決定がなされるのに4年もの時間が費やされることが現実であり、これにあわせて別居後の財産の増減については、基本的には、交渉期間中常にアップデートの形で開示対象となります。
では財産分割交渉中に、相続で一方に多額の遺産が入ってきた場合どうなるでしょうか。
別居後に受け取った遺産は財産分割対象から自動的に除外されるに決まっている、と皆さんは考えるかもしれません。遺産を受け取る側としては、遺言で残された遺産が遺言で指名されていない相手にわたるのはおかしいと思えるかもしれません。また、相手と知り合う前のはるか昔から自分の親や家族が持っていた財産が相手にわたるなどあり得ないと思うことも理解できます。しかし、故人となった義理の親の世話をしていた場合や、義理の親の自宅の維持や補修を行うなどで資産価値の維持・上昇に貢献していた場合などのケースでは相手側が受けることになる遺産に対する貢献があったとして相手側との財産分割対象に含めることになってもきっと納得がいくことでしょう。またこうした直接的貢献でなくとも、自身が親の介護や介助をしている間、相手が子供の面倒をより多く見ていた場合には、間接的貢献があったことが認められることも理解できることかと思います。このように法律の世界では、一方には理不尽と感じられることも他方の主張の方が妥当であると認められる場合には理不尽が通ってしまうことが多々あります。別居後の遺産相続に関しても財産分割を決定する際の要素の一つとして考慮されることがある、というのが正しい回答となります。
ただ、遺産の扱いについては裁判所が大きな裁量権を持っており、一貫性のある判例が存在しないため、判断が難しいというのが現実です。例えば婚姻期間の長さや遺産以外の資産額とのバランスなども考慮材料となり、例えば分配対象となる婚姻資産の絶対金額が少額で、遺産を受け取らない側の貢献に見合った財産が分配できない場合、遺産を分割対象とすることが公正かつ公平となりますが、逆に遺産を受け取らない側に十分な分配ができるほどの資産があれば、遺産を受け取る側に分配される可能性が高くなります。
あるいは、分割対象資産には含められなくても、遺産を受け取る側の財源(Financial Resources)と判断される場合もあります。
結論として、過去の判例から言えることは、遺産は財産分割に影響を与える要素の一つであり、その扱いについてはあくまでもケースバイケースであるものの、両当事者共に、決して看過すべきものではないといういうことです。
上述のような問題を未然に防ぐためには、別居後なるべく早く弁護士を介し法的に有効な形で財産分割合意を完了させるべく迅速に動くことが重要です。交渉が長引いている間に不動産バブルが起こり全体的な資産額が大幅に増えることもあるでしょう。相手に支払う絶対金額が増え、その支払いを行うために売りたくなかった不動産を売らざるを得ない状況になることも考えられます。また、先に述べた遺産のように、増えた財産の種類によっては資産の分配方法や分配率に大きく影響する可能性があるということなのです。
言い換えれば、法的に有効な財産分割を迅速に行うことは将来得る財産から相手をシャットアウトすることにつながるということなのです。遺産や宝くじ、株価の急上昇、ビジネスでの大成功など、離婚時には予想していなかった大きな資産を持つことになったとしたら、財産を別れた相手から守るためには事前に財産分割を法的に書面で完結させておくこと以外に方法はありません。また、財産分割を法的に完結させておかなければ、例え離婚が成立した後であっても、将来受ける財産から相手を排斥することはできません。この事実は、自身の死後であっても継続し、財産分割を完結しておかなければ元配偶者の遺産に対する請求権は継続し続けます。現時点で、大した財産がないからわざわざ弁護士を使ってまで合意書を作るのは合理的ではないと考えるかもしれません。しかし、将来のことは誰にもわかりません。別離を機に新たなスタートをするからには、自身のためにも、そして自身の死後遺される人たちのためにも、自身の過去の負のレガシーは完全に消し去りたいものです。